裁判員法が成立

21日、裁判員法が成立した。
重大刑事裁判にわたしたち国民は参加しなければならない。

政府は裁判員制度を5年の準備期間を経て2009年にスタートさせる方針だ。
20歳以上の国民は、殺人や傷害致死などある一定以上の重大事件について、有罪無罪や量刑を決めなければならない。

裁判員は20歳以上の有権者が対象で、その中から無作為に抽出される。
候補者は裁判所から呼び出され、裁判官の質問に答える。
その結果、不公平な裁判をする恐れがないと判断されれば、基本的には裁判員になる。
選ばれる確率は、国民の約70人に1人が一生に一回は選ばれるとされている。
裁判員を辞退できるのは、70歳以上の高齢者や学生のほか、重い疾病や障害、親族の介護や養育、冠婚葬祭がある場合など特別な場合のみだとか。

このことを受け、最高裁は24日までに、ホームページ上で制度の紹介をするらしい。⇒http://www.courts.go.jp/
「裁判員制度とはどのようなものか」「どのような事件が対象になるのか」「裁判員の選び方はどうなっているのか」「裁判員の仕事や役割はどのようなものなのか」などの項目について、刑事裁判の知識がない人にも分かるように説明されているとか。

さて。
これについて、どう思われるか。
あたしは、裁判についての知識は皆無に等しい。
TVのニュースで見聞きしたことはあるが、法律をほとんど知らない状態で、正しい判断ができるのだろうか?
あたしには自信がない。
そもそも、立派な正義感もない。
ましてや、重大事件に関わる勇気もない。
そんな状態で、もしも裁判員に選ばれたら、と思うと背筋が寒くなる。

こんなことを書くと、無責任だと思われるかもしれない。
いや、実際無責任だと思う。
しかし、人の人生に大きく関わることを強制され、拒否すると罰則が伴うなどという法律に好んで参加する人がそんなに多くいるだろうか。
裁判員制の導入されていない国の方が少ないというが、日本では、これからの5年間でどの程度、周知、認知されていくのだろうか。

あたしは、法律や憲法、倫理観、社会における個人の役割など、教育の中で学んだ記憶もない。
勉強が嫌いだったことは確かだが、それにしても、そのようなことに関して学んだという覚えはない。
人の価値観などは、個人として作り上げたように思われるが、実際は教育や社会という大枠の中で形成されてきたと思う。
そう考えると、これからの子どもたちと、大人になった私には、大きな差が生じる。
そして、もう既に、20歳の有権者と60歳の有権者には、大きな差が生じている。
この差を5年間という準備期間で、ある一定の判断基準レベルまでもっていけるのだろうか。
疑問だ。

人それぞれだから、それが大切だ、といえば、それはそうかもしれない。
しかし、実際問題、あたしのように、なるべくなら関わりたくないと思う国民が多いとしたら、まずは裁判員になる以前にすべきことがあるのではないだろうか。
それは、日本人という大枠における個人のアイデンティティの問題でもあるような気がする。

わたしたち個人の人生にも、そして、個人の心にも大きく関わる法律だと思った。
今後の動向にも注意を払うべき事柄であろう。


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by neko_tin_neko_tin | 2004-05-25 02:23 | 政治
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